14.APPLE
久しく足を運んでいなかったが、石原が草原に変わるなどと言われれば気にもなる。加えて植物を見たなどと言う。私には家しか見えない。そして美しい人と会うための手段でしかないこの惑星で、そのように聞けば、ひょっとしたら見たいものを見せるというヴェールが破られ、あの人と対面することができるのではないかと夢を見るのだ。修辞的にもほどがあると分かっているものの、こうしてまたやって来てしまった。
やはり家はあって、山の木々に囲まれた円形の土地にふたをするように黄色い落ち葉が降り積もり、ふと見れば今日の山は頂まで見せて、見たいものの夢が広がる。木々にはぎっしりと鳥が止まり、内奥の鳥が何事か合図を送ると、鳥たちは一羽二羽と歌い出した。歌をたどると、景色を一周できた。古い物語、そう、楽譜のようだ。家にいるあの人にもこの歌は届いているのだろうか。
「ねえ、今日の鳥たちはメロディーを奏でているわ」
あの人はそう言って小首をかしげ、時々調理器具を開け、中から料理を出すのだ。料理を作るなど、螺旋を何周降りるのか。螺旋を降りればあなたのビジョンを持ち帰ることができるのか。いつもそう考えて、螺旋からはじかれ持ち帰ることのできないあなたのビジョンを思うのだ。堂々巡りだ。
なぜあなたはここに閉じ込められているのか。そのような修辞性を好んで用いれば、いつまでもあなたはほほ笑んでテーブルに向かい合ってくれるのだろう。そもそも論だ。私が見たいように見せる。しかし全き修辞性を用いながら懐古二元にのまれずに、その先の、あなたという真実を知りたいのだと、私は黄のふたをこじ開けることができるのか。
「繋いでおいて、ふたを開けようっていうの?」
いや、違う、違う。ただ、言葉を交わしてみたかったのだ。ただ、視線を交わしたいのだ。ただ、触れてみたい。そもそも叶わぬこととしても。
「時を経て、季節が巡り変わろうとも、黄のふたはそこにある。ふたは開くことと、開かないことをかたどり、ふたという意味を保つ」
ああ、分かっている。懐古二元の夢。夢の成立には相反する一つと一つ、その二つを据え置く一つがあればかなう。一つの輪においてどちらに触れるか、ただそれがそのまま夢となる。しかし私が見たいのはあなたが解き放たれる真実。私はテーブルを挟み、私の都合で私と向かい合うあなたではなく、ただのあなたが見たい。あなたが解放されるという真実を。そう言えば、あなたは、鳥の声がすると話を濁すだろうか。
「そんなことない、そんなことないわ」
あなたはふわりと浮いて、窓から黄のふたに降り立った。葉の一枚一枚を蹴散らして指を差す。
「ここには樹が生えていたの、見たことはないけど。実がなっても決して食べてはならない、そんな樹。その樹がこのふたを支えていること、ちゃんと知っているのよ。だから、」
だから?
「繋がれながらにしてもう、放たれているの」
あなたがそう言うと、鳥が羽ばたいて、世界が加速して感じられるだろう。そして鳥がついばんでいた黄の葉は消え失せる。ふたは開くことと、開かないことをかたどり樹に支えられているのだから。向かい合うあなたはそれを知っていた。
「あなたも知っているのよ、向かい合ったのだから」
風が葉を渡った。あなたが風かもしれない。葉はただあなたをかたどり揺れて、だから風が吹いたというのは見たい夢かもしれない。
「あなたも知っている。あなたは知っているのよ、美しい人」
ないはずのゲートロビーのソファに腰掛けると、あなたはそう言った。ロビーの中央には根を張った植物が天井を突いて首をもたげ、枝からは私が惑星に命名した林檎が垂れ下がり揺れている。揺れる林檎とその樹は残像なのか共鳴なのか私には分からなかった。なんせ、見たいものを見せる惑星なのだから。
0コメント