10.危険すぎる 2 / 2
「コンビニか?」
女はにこりとして、買ってきたものをテーブルに並べた。スケッチブックは売ってなかったからノート。と、そんなものを出したもんで、やっぱりクレイジーだぜとにわかに興奮した。しかし腰に手を回すかどうか迷う。女の様子をもう少し見よう。
「カードゲームは好きか?」
「熟知してるわ」
女はそう言って、コーラを手渡した。
「コーラが好きなんだな。いつも飲んでる」
「そうね」
ふふっと楽しげに女は笑った。
「過去と未来をつなぐポータルの話をしてくれ」
「そうだったわね」
「どれくらいポータルを作ったんだ?」
「この世界にある全ての商店とコンビニに。それ以外にも沢山」
いかれた回答に天井を見上げ、見上げたまま手探りでマルボロをつまみ上げ、口に挟んで火をつけた。
「シャワーはいいのか?」
特に返事はない。
「何の研究だ?」
「高次二元ジェンダー」
「博士か?」
「ええ」
天井を見飽きて、女に目をやった。女は熱心に俺を見ている。
「その、なんちゃらジェンダーのための調査でコンビニで買い物してたのか」
「いいえ、調査対象は人よ」
「じゃあ、俺も調査対象か?」
「ええ、もちろん。この世界の全ての人が調査対象」
会話のテンポが合ってきたぜと、笑いが漏れた。女はまだ熱心に俺を見ている。
「俺をポータルの向こうにさらうか?」
「まさか、そんなこと許されないわ」
どことなく突き放されたようにも思えたが、話を続けた。
「世界の人口を知ってるか?」
「もちろん」
「その全てを、博士が?」
「ええ、そうよ」
「それは無理だろ」
いいえ、女は首を振った。すると窓から月明かりが差し、それを合図にか、女はソファから立ち上がった。そしてベッドに腰を移した。
「時間にはスペースの連続が必要だった。連続性はドラマと相性がいい。そのドラマを時間と呼んだ。あなた方の世界では。けれど、私たちの世界ではつなぎ合わせる必要がなくなった。内包されているから。スペースはスペースのまま、時間は簡単に概念を変えた。ならば私は無数の私という束に過ぎない。束ねなければ調査は可能よ」
女が言い終えると、ベッドが浮かんだ。いや違う、何だこれは? 部屋が浮いている?! いや、待て待て待て、待ってくれよ、おい! 部屋が、部屋が、宇宙だぜ! 俺はソファに、女はベッドに腰掛けて宇宙旅行さっ! って、おいおいおいおーい、すっとぼけてる場合かよ! クレイジー過ぎるだろ!
「見て」
女は指さした。指さした先は宇宙色に沈んでよく見えなかったが、目が慣れてくるとそこに無数の穴があるのが分かった。その穴は正確な六角形、蜂房のような様相をしている。異様なそれにまじまじしていると、女がベッドの上にゆらり立ち上がった。俺はしこたま焦って女に手を伸ばした。
「そっちは危ない、こっちに来い! さらわれちまうぞ!」
伸ばした手は広がり続ける宇宙に阻まれた。冷たい汗がとめどなく流れ、窓から入る風は未だべたっと暑いのに体の芯まで凍った。今立ち上がるのはあまりにも危険だ。そんな危機感をよそに、女は両手を広げベッドから飛んだ。俺はまたも焦って、今度こそソファからダイブしようと指先を揃えた。すると、世界から外れてしまうわ、と女が制した。俺を制した女は、ゆっくり小さくなっていった。小さくなるその姿を見送って蜂房の途方もない大きさを知った。無数の穴。あの穴全てに女はいて、人口をあてがう。だとしたら、調査を一気に終わらせることもできるってか。って、正気の沙汰じゃねえ。
宇宙とともに女が消えると、さっき上がったばかりと思った月が落ち、日が昇ってカラスが鳴いた。今日も暑い一日が始まる。けど風はなくもねえ。テーブルには女が買ってきた、マルボロとトランプとチョコレート、それにノートがリモコンと並んでいる。飲みかけのコーラを口にしてノートを開くとペンがなかった。
「でさぁ」
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