11.be coming
ここに来るのは久しぶりとなった。自分でも意外なほど足が向かず、今日もコンテンツには行かずに、だから二次会を飛び越えて、懇談会にやって来た。少人数の懇談会でも顔ぶれがだいぶ変わっていて、どれだけ空いたことかと、挨拶を交わした。挨拶を交わしたのは、惑星について教えてくれた懐古主義者で、懇談会の主催者だ。主催というより場所を提供している。
「旅はいかがだったかな?」
うっすら笑みを浮かべ、手を出した。握手というやつだ。すぐに手を出すと、彼は歓迎して両手でシェイクした。彼が大げさに、旅などと言ったのは惑星のことで、だがしかしゲートを通り抜けただけのはずなのに、そう言われれば確かに旅だったと認めざるを得ない。認めてしまえば、惑星から戻ってのち続く疲労が、少しく和らぐのを感じた。それで、すぐには理解できかねる旅だったことを告げた。
「かつて我々は、時間にあてがわれて作られた人間という有機体だった。そして未だ持ってこの世界の成り立ちを縮小する存在だ」
彼が話しているのはブラフマン現象のことかもしれない。果たして尋ねてみると、何事か揺れるような戸惑いを見せた。
「土地は分かるかね?」
「ええ、スクリーンで」
「あれは、地球の土地の一画だ」
「地球? 地球の存在は許されているのですか?」
彼はゆっくり首を振った。
「まれではあるがなくはない。多くは閉鎖されたコンテンツに収められたと聞く。しかし、あれはコンテンツからも、螺旋からもはじき出された」
「螺子が欠けて螺旋から飛び出したのでは?」
驚いて聞き返すと、彼は指先でコツコツと音を立て、それから懐古趣味な明かりに視線をやった。トランスを誘うに程よい明るさ、というより暗さを演出する貴重品だが、その明かりが落とす影とともに何事かはじけた。輪のようなものが揺れ、くるくると彼の顔に影を落とし、また浮かび上がらせる。明かりは揺れていないのに、彼がはじく輪のせいで揺れて感じ、ビジョンでも見ているようで何か落ち着かなかった。
「あの土地の一画は、あるコンテンツの研究資料として保管されていた。ところが、そのコンテンツが閉鎖することになった。当然、資料もともに閉鎖される予定だったが、叡智の判定が翻ったのだよ。資料としたものが実は螺子の可能性を含んでいた。しかしトランスには向かなかった。なぜなら、あの土地は見たいものを見せる一画だったから。元来螺子はある固有の歴史を螺旋に埋め込む。螺旋を降りて儀礼を経てのち螺子より歴史の一コマを持ち帰る。しかし、あの土地は見る者によって見えるものが違う。ならば、儀礼が成立しない。儀礼は共通認識に通じるわけだから」
「はなから、共有することを意図していないと?」
「あくまで私見だが、地球が課した機構概念は、共通認識に際して土地を目的としない我々とは元来あり方が違う。螺旋からすれば地球に根差していた人類は、我々人類とまるで地続きのように降りることができるが、実のところ少しも噛み合うものがない」
「懐古と内包の差ですか?」
「そうとも言えるが、そもそもの次元が違うとそれに尽きるだろう。あちらから見ればこちらが多元的に見え、こちらからすればあちらが多元的に見えて噛み合わぬ。各々次元を維持するとはそういうことだからね。また、ブラフマン現象の細部を利用すれば、並行次元のようにも感じる。そして全てはゆらゆらと揺れているから成立する。それを再現して螺子はできているのだから」
彼がまた、輪をはじいたので、惑星に出向いたことがあるのかと尋ねると、やはり度々ゲートをくぐっていた。
「家は見たかね?」
そう聞かれて、岩原が草原に変わったことを告げると、興味深いとつぶやいて彼は続けた。
「惑星になる前に一度だけあの土地に入ったことがある。直径一キロほどの土地で、その真ん中に家があった。家に入ると、とても美しい人が住んでいたよ。しかし、資料に家を認めるものはなく、家があったかもしれないと記されていた」
「見たいもの? それとも残像ですか?」
「どちらもがあり得るだろう。土地が持つ記憶の残像である家と、家が持つ記憶の残像である人。私が見たかったものと残像が共鳴したのかもしれない。しかしそれ以前に、あったかもしれない家が建っていた土地の中央には樹木があったようだ」
私はそういえばゲートロビーで大きな植物を見掛けたことを告げた。すると彼は声を立てて笑った。あの惑星にゲートロビーなどない、君にとって何か手続きが必要だったのだろうと。そして、また輪をはじいた。
「しかし土地の記憶である樹木が、その植物を見せたのだとしたなら、初めから行き着いていることに答えを求め、君は石原を草原に変えたのかもしれない」
そう言った彼が再び輪をはじくと、二分する球体の中で砂がこぼれ始めた。
次回 12.きらきら武士 明日 0時
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