4.IT WAS YOU 2 / 2



しかしうさぎから箱を預かってから夜々納戸が騒がしい。確かめに行けばいいのだろうが、生活動線から外れてそこはあり、やはり据え置いた。なかなかうるさいそれは封印された箱に相違いないだろう。なれば封印が解かれているやもしれず厄介。その厄介事に日を選べるなら、カチコチと懐中時計が示す時のうち、うさぎが迎えに来ると予告した満月がよいよい。いよいよと月も満ち始め、気が付けば女王蜂が巣を離れることもなくなった。今年の女王はどこに蜂房を作ったのかと探索すると、納戸の軒下にほんのりあるくぼみの、雨風のしのげる場所に作っていた。ずいぶん大きくなった巣の奥では蜂の子らが蠢く気配があった。無数の働き蜂が餌を供給している。この働き蜂も蜂の子も、そしてこの蜂房の全てが一匹の女王蜂から成るのかと女王蜂の姿を探すと、六角で構成された巣の上を歩き回っていた。イコールコロニーとして差し支えないか問うと、働き蜂が攻撃してきたので退散した。

 蜂に刺されることはなかったが、部屋に戻るとうさぎの着ぐるみを着たうさぎがいた。程よい季節とはいえ着ぐるみは暑かったのか脱皮するように脱いで、それから着ていたベストのボタンを外した。日中である上に満月ではないむねを指さして空を見上げると、ゆるゆると日が暮れて月が現れた。その姿は満を持していた。ふう、とため息をつくと、まあまあ、とうさぎは蝶タイを緩めた。緩めた蝶タイは窓から入る風にひらひら舞って、肩からはサスペンダーが落ちた。なんとも憂いを帯びたその姿が気の毒に思え、うどんを食べるか尋ねると、うさぎはうんだとうなずいた。疲れたのか、それとも腹を空かしているのか。先に稲荷寿司を出してやると鼻先で匂いを確かめ、一口で平らげぴょんと躍ねて、今日は月見うどんですねと見透かすようにして両の髭を揺らした。すると窓辺の風鈴がチリンと鳴り、それを合図に納戸でドスンと始まった。

 うさぎは飛んだり躍ねたりせず、とてとてと廊下を行った。そして我が納戸に入り申すとばかりに引き戸に手をかけ、その長い耳だけをこちらに向けて手招きした。仕方なくうさぎの招きに応じて納戸に踏み込むと、そこはすでに我が家の納戸ではなかった。押し入れの名残のように左右を持ってはいるが、見上げれば今宵の満月が見えただろう窓は手の届かぬ先方で小さく月明かりを落としている。廊下から入る明かりがうさぎのシルエットを浮かび上がらせ、その左右では不気味な穴がひしめいていた。両者のサイズは合致している。これはうさぎ穴かもしれぬと目を凝らしたのだが穴は正確な六角形をしていた。これをどこかで見たようなと記憶を辿ると、そうです、蜂房です。と、うさぎは言った。箱より雛が孵ったのでしょう。孵った雛が初めて見たのが蜂であった。あなたは箱を二つに分けられたのだから、右が左を、左が右を模倣したのでしょう。

 思索の前には情報の整理が必要である。と、出来事の整理をざっとすると、先日うさぎが置いていった玉手箱が封印を解いて孵り、孵った雛が初めて目にした蜂を模倣したところ、それが壁面に敷き詰められたうさぎ穴ほどの蜂房になったと、そういうことか。そういうことです、とうさぎは耳を垂らしたが、それなら雛の目に蜂は蜂房に見えたということだと回答を得ようとすると、それは違いますとうさぎは言った。雛は、初めて目にしたものの愛を模倣します。逆を言えば、箱に閉じ込められていた雛は愛しか模倣できません。蜂そのものである愛を模倣した結果、それが蜂房であったのです。どこに違いがあるのか分からずに首をひねると、うさぎは言った。愛は動詞ではありません。名詞です。そこに活用はないのです。ただ愛であることより他にできることがないのです。愛は中洲の夢を見ません。夢見るのはいつのときも夢の蝶と蝶の夢です。いったい各々蝶は、全体何を模倣したのか。一つあなたも穴に入ってみませんか? そう言ってうさぎは穴に飛び込むと、月見うどんを食べずにぴょんと消えた。

次回   5.Rock & Hammer 本日 12時



eggtreeplanet

いつかの私が探したときには見つけることができなかった桜の木。しかし今の私は至極簡単にその木にたどり着くだろう。 ゆ「繋がれた部屋」より

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