5.Rock & Hammer 2 / 2



博士は「高次二元ジェンダー論」研究の第一人者で、元々は「形態時間理論」の権威であった。しかし博士は「タイムクライム・ボルダリング論考」を発表してのち、「形態時間理論」から「高次二元ジェンダー論」に研究の矛先を変えた。「高次二元ジェンダー論」から「形態時間理論」にというのならともかく、「形態時間理論」から「高次二元ジェンダー論」にというのはそもそもが違うというそれまでの認識を無視して、博士は研究所を設立した。論文だけではなく、そのような研究者としての肌質に魅せられ、細っていた「高次二元ジェンダー論」の研究を始めた者もいた。私もその内の一人で、この研究所を訪ねた。その頃ちょうどこの研究所は、新たな資料のために研究施設の間口を広げたところで、研究者の増員があったのだった。

 初めてこの研究所を訪れた日、まだこの施設にその資料はやって来たばかりだった。簡単な面談を終えると博士に案内され、この研究所に来る間口を広げてくれたその資料と対面した。それは資料ドームの中央にあって、密閉ドームに密閉された土地の一画。その土地は機密処理され、研究員とて侵入することはできない。資料として、施設内で閲覧は自由だが、もちろん外への持ち出しはできない。その円周おおよそ三キロ。周りには侵入探知のためのスロープが張り巡らされてはいるが、その厳重な機密処理とは裏腹に公共公園のような様相を呈し、この資料はモニュメントと化している。そのせいでこの資料ドーム全体が、研究員の憩いの場となっていた。おそらく博士は、協議会をサボって今日も資料ドームにいるのだろう。

 博士はぐるりスロープを頂部まで上がり、上から一画の土地を眺めていた。その物憂げな姿に足音を忍ばせると、ちゃんと気づいて博士は、見たまえ、と声を掛けてくれたのだった。その物憂げな博士を横目に、スロープに並んだ。密閉ドームに封じられたこの資料はまだ叡智判定が出ていない。博士が「形態時間理論」の資料として申請していたためである。しかし、おそらくは「高次二元ジェンダー論」の資料なのだろう。そう思う理由に、博士より度々同じ質問を受けている。「君は土地を見たことがあったかい?」と。「初めてです」資料を前に誰もがそう答えるだろう。世界において現存する土地の物理資料は、ここにしかないと聞いている。分かり切ってなお、そのような質問をすること自体、「高次二元ジェンダー論」の資料だと示している。そうして「しばしば」と答える私を、博士はクスッと笑うのだった。一画の土地を瞳に映し笑う博士は眩しく、私の内に内在的男性性が目覚める。それはジェンダー研究者の通過儀礼と言えるかもしれない。

 一元において、二元は内包されている。我々世界は内包二元において性を問わず、人口の生産から解き放たれた。しかし我々世界とする共同体においては同調のはけ口として、内包からの萌芽、内在的女性性や男性性に着地点を設けることが保証される。しかし、そうあったとしても現実においての発散を人類は放棄しているもので、それもまた内包される。叡智の保証はフラクタルに進行し、この世界はそのようなパロディに従うものと修辞性が許されるわけで、つまるところ私は博士に想いを寄せていた。博士はといえば土地に想いを馳せている。決して立ち入ることの許されない、機密処理され、密閉された、着地点を得ることのできない一画に。そうしてこう口にする。「この土地が持つ資料について、君はどこまでを一元定義とし、どこからを二元定義と位置付けるかね?」おそらくそれが「高次二元ジェンダー論」を選んだ博士の理由なのだろう。


eggtreeplanet

いつかの私が探したときには見つけることができなかった桜の木。しかし今の私は至極簡単にその木にたどり着くだろう。 ゆ「繋がれた部屋」より

0コメント

  • 1000 / 1000